2012年04月20日
(詩) 向学心とともに by 水
春の花見も終わり、新緑と初夏の季節を迎えようという頃
私はようやく勉強ができるような状態になってきた
思えば、勉強をしたいと思うようになってから
一年以上の歳月が過ぎているように思う
それでも、向学心は去らずに私をじっと待ってくれていた
向学心、人間を成長させるものの一つ
これがあるゆえに、人は成長し、
さらに良い人生を歩んでいくことが出来る
私は向学心と共に高台に立ち、
勉強の結果、得られるであろう世界を眺め渡す
いまはまだおぼろげでよくは見えないが、
勉強という道を歩んでいくうちに少しずつ
輪郭がはっきりしてくる
だんだん、はっきりしてくるととてもうれしくなる
こんなこともできるようになる、あんなことも
できるようになると希望が湧いてくる
まるで、技術の結晶たる作品たちが
手招きしているかのようだ
そうして進んでいくと、さらに新たな世界が開けてくる
それはそれまでは遠くにあってわからなかったもの
そう、私はここまで歩むことが出来たのだ
そして、これから先も歩むこともできる
この世界は終わりなき世界、
どこまでいっても終わりはない
だから、やり終えてしまうことを名残惜しく
思う必要はない
進もうと思えば、どこまでも
進んでいくことが出来る
広がる風景も進むに応じて変わっていくが、
総じて色鮮やかで、とても豊かである
向学心、豊かな世界の入り口
これがあるからこそ、人は
人生という芸術作品に色を添え、
味わい豊かにしていくことが出来る
ところで、向学心はいずれ去ってしまうのでは
ないかと思う時もある
しかし、いつも向学心はそばにいて
私たちを見守っている
それは、意識するしないにかかわらず変わらない
そう、いつも同じ場所にいる北極星のように
ならば、君よ、決して焦ることなかれ
確かにあれもこれもしたいと思うと
時間が足りないと思い、
なんとかしたいと焦るだろう
しかし、その学びたいことは決して逃げないし、
向学心は去らないことに気づけば、
君も焦らずにすみ、むしろ時間はたっぷりと
豊かにあることに気づくだろう
さあ、君よ、向学心とともに高台に上り
見えてくる世界を眺め、そこに向かって
一歩ずつ歩んでいこう
世界は、そうされんことを望み、
君もそうなることを望んでいるのだから
私はようやく勉強ができるような状態になってきた
思えば、勉強をしたいと思うようになってから
一年以上の歳月が過ぎているように思う
それでも、向学心は去らずに私をじっと待ってくれていた
向学心、人間を成長させるものの一つ
これがあるゆえに、人は成長し、
さらに良い人生を歩んでいくことが出来る
私は向学心と共に高台に立ち、
勉強の結果、得られるであろう世界を眺め渡す
いまはまだおぼろげでよくは見えないが、
勉強という道を歩んでいくうちに少しずつ
輪郭がはっきりしてくる
だんだん、はっきりしてくるととてもうれしくなる
こんなこともできるようになる、あんなことも
できるようになると希望が湧いてくる
まるで、技術の結晶たる作品たちが
手招きしているかのようだ
そうして進んでいくと、さらに新たな世界が開けてくる
それはそれまでは遠くにあってわからなかったもの
そう、私はここまで歩むことが出来たのだ
そして、これから先も歩むこともできる
この世界は終わりなき世界、
どこまでいっても終わりはない
だから、やり終えてしまうことを名残惜しく
思う必要はない
進もうと思えば、どこまでも
進んでいくことが出来る
広がる風景も進むに応じて変わっていくが、
総じて色鮮やかで、とても豊かである
向学心、豊かな世界の入り口
これがあるからこそ、人は
人生という芸術作品に色を添え、
味わい豊かにしていくことが出来る
ところで、向学心はいずれ去ってしまうのでは
ないかと思う時もある
しかし、いつも向学心はそばにいて
私たちを見守っている
それは、意識するしないにかかわらず変わらない
そう、いつも同じ場所にいる北極星のように
ならば、君よ、決して焦ることなかれ
確かにあれもこれもしたいと思うと
時間が足りないと思い、
なんとかしたいと焦るだろう
しかし、その学びたいことは決して逃げないし、
向学心は去らないことに気づけば、
君も焦らずにすみ、むしろ時間はたっぷりと
豊かにあることに気づくだろう
さあ、君よ、向学心とともに高台に上り
見えてくる世界を眺め、そこに向かって
一歩ずつ歩んでいこう
世界は、そうされんことを望み、
君もそうなることを望んでいるのだから
Posted by 障害者就労支援 アビリティ ギフト。。 at 10:00│Comments(0)
│水
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